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奇跡の数々(体験談)

いかに科学が高度に進歩しようとも、いかに文明が発展しようとも、人知で解明できない不可思議が一杯ある。難病が治る、運が開ける、災難から逃れる。これは決して奇跡ではない。それが証拠に一度しか起こらないはずの奇跡が、ここではいつも起きている。
そして、救われた人は歓喜のあまり感謝の言葉を寄せる。
これはほんの一部である。

大地震 大津波 放射能 の三重苦(こんごう93号掲載)

2011年3月11日(金)午後2時46分。
東日本大震災が起こりました。 

マグニチュード9.0という巨大地震と大津波。それに伴う福島原発の放射能事故。想像を絶するほど被害も甚大。
近来にない巨大地震でした。


龍神総宮社の御信者様が東北方面にも多くいらっしゃり、すぐさま安否確認のため関東以北の名簿の整理に着手しました。
と同時に東北地方の御信者様の顔が次々と浮かんできました。
安否が気になりました。

しかし、電話はすぐさまパンクです。

テレビの報道が巨大津波の映像を中継で流していました。
自然の猛威と恐怖感で身のすくむ思いでした。

くしくもこの日は祭主先生様の御昇天日で、御山では祭主先生様にまつわるお話に花が咲いていました。

ただ、祭主代行先生様が、今年は大変な年であり、様々な事象が起こってくる。
それがため、そうした状態の中でも神様にお守りいただける様に、また地球人類が安寧であります様にお祈りいただくために、「祈りの社」をお祀りいただきたい、というお話を終えられたところでした。

御信者様の安否情報の確認では、関東地方の関係者は皆無事との連絡が、13日までに総て確認できました。
しかし、岩手・宮城・福島・茨城・千葉の沿岸部にお住まいの方々の安否が全く分かりませんでした。

阪神大震災の際も龍神総宮社の御信者様でお亡くなりになられた方は、一人もおられませんでした。

今回もきっと神様の御守護があるに違いないと思い、インターネットの安否確認にも投稿し、情報提供を呼びかけたり、あらゆる手段を講じました。

 その中で、3月16日待ちに待った嬉しい安否情報が入って参りました。

 岩手県上閉伊郡大槌町にお住まいのT・Fさん(91歳・73歳)親子が無事だったとの情報が入ってきました。

 Fさんは、親戚一同みんなが龍神総宮社の熱心な御信者様で、大祭には必ず御来宮になっておられました。

 大槌町といえば報道で何度も報じられた通り、町ごと全壊し、町長も死亡され、大変な被害を受けた場所の一つでした。


○奇跡!! 大津波が庭の直前で止まった 神様ありがとうございました

Fさんは昼頃に大槌町の自宅に戻り、東京の妹と「今、母親の薬を取りに行って来た所」と
電話でやりとりをしておられたそうです。

午後2時46分 巨大地震発生・・・。

 (この情報は、Fさんの妹さんで東京にお住まいのH.Tさんよりいただいたものでした。
 そして、その話しの中で神様の奇跡としか言いようのない、鳥肌が立つようなお話しを聞かせていただきました。
 3月11日午前中、Fさんは母親の薬をいただくため、釜石市の病院に行っておられました。)


 この時、あとでわかったことですが、この付近の沿岸を一望できる高台にあるお寺の住職さんが、非常に大きく海水が引いていくのを確認しておられます。
 まるで水平線まで海水が引いて行く様に見え、その後すぐに巨大な津波が押し寄せてくるという、非常に恐ろしい光景を見たと言っておられます。

「大きな津波がくるぞ~!!」
との避難の叫び声で、Fさんは年老いた母を連れ、高い場所へ避難しました。
その直後、恐ろしく大きな黒い津波が、瞬く間に街のすべてを飲み込んでいきました。
想像を絶する光景だったといいます。

 どんどん押し寄せて来る津波。

 ところが、なんと津波は、Fさんのお宅のほんの真ん前で止まったというのです。奇跡としかいいようがありません! この津波と火災で市内はすべて壊滅。
 しかし、Fさん親子は無事でした。
 そしてFさんの自宅より前までの家は津波に流され、Fさんの自宅より後方の100棟の家は、災難より免れました。
  
 神様の御守護のお陰以外の何者でもない、本当に京都の神様は凄いとおっしゃっておられました。

○被災後も神様のお手配に感謝するばかりでした

 被災後も神様のお手配に感謝するばかりでした。
 Fさんの自宅前まではガスが引かれておりましたが、Fさん宅からうしろはガス管がこれから整備される地区で、プロパンガスであった事も幸いし、ガスが使用でき、さらに津波が来なかった後方100軒には畑があり、お米もあり、食べ物には困らない環境が残されておりました。
 だから、近隣の方々と力を合わせて、炊き出しをして頑張っているとの大変嬉しいお話しを聞かせていただきました。

 神様の御守護はこれ以外にもあります。

 釜石に行く時間がもう少し遅れいていたら、釜石で被災していたでしょう。

 それどころか、生命がどうなっていたかもわかりません。自宅も物が倒れた程度で大きな被害もなく、自宅で寝泊まりが出来ているそうです。

○奇跡のエピソードはまだまだ事欠きません

そして、Fさんの関連の奇跡のエピソードは、まだまだあります。

 Fさんの叔父 T.Sさんもお山の熱心な信者様です。
釜石市にお住まいですが、家族全員無事でした。そして家も無事でした。
東京のTさんといち早く連絡が取れたのは、Sさんで釜石から大槌町のFさん宅まで、安否確認に行って来られました。

 幹線道路は通行止めなので山道を迷いながら一日半かけて安否の確認に行って来られたそうです。

 その後、福島の南相馬郡にお住まいの御信者様の無事等、ぞくぞくと無事であったと言う連絡が入っております。
 まだまだ、総ての御信者様の安否確認が完了するには時間がかかりますが、頑張って皆様の無事を祈りつつ、安否確認をしていきたいと思います。

 

結果を急がず無心の境地で対処 (こんごう92号掲載 大阪府Sさん)

○自宅待機から懲戒解雇の通知

平成二十年一月、主人は初めて「川行」のお供をさせていただきました。
翌二十一年と二十二年の「川行」には、主人と共に私もお供させていただきました。
二十二年の今年の「川行」は、昨年と同様に三回お供させていただきましたが、その内の二回、代行先生様のお背中に「龍」のお姿が浮かんでいるのを見させていただきました。
今、思い出してもその時の代行先生様のお姿は、神々しく威厳に満ちあふれておられました。

主人の話に戻りますが、当方の弁護士と会社の弁護士との間で、延々と話し合いが続く中、突然会社側の弁護士が替りました。
持病が悪化したためだということでした。
新しい弁護士に替っても交渉は遅々として進まず、主人のイライラした姿をみる日が続きました。
御神示のたびに代行先生様は「辛抱我慢や、何を焦ってるのや。夢が適った時の喜びはどんなにうれしいか」と主人を諭していただきました。
代行先生様は私に向かって「心配ないからなぁ」とニッコリとされておっしゃって下さいました。
平成二十一年より主人の問題が変化していきました。
二十一年二月、会社より突然、懲戒解雇通知が郵送されて来ました。
そうして本格的な裁判が始まりました。
裁判継続の最中、その頃又、夢を見ました。
太陽に向かって、二体のシルバー色の龍がからみ合いながら登っていくお姿を見させていただいたのです。
この夢もこの時は意味がわからずにいました。

その後、裁判は膠着状態に入り一進一退を繰り返していました。
そして、その年の十月に替った相手方の弁護士が突然又亡くなりました。
こちらの弁護士も「一連の訴訟の中で相手方の弁護士が一年以内に二人も亡くなるとは、自分にとっても初めての経験であり、又、他の訴訟でも皆無に近い出来事です。これは尋常ではない」と主人におっしゃったそうです。
その事で主人が代行先生様に御神示を受けました所、代行先生様は「神様は決してその様な事はなさらないが、ありうる事やで」とのお言葉に主人と私はただただ驚愕するばかりでした。

○信心のおかげでいい夢を見させて頂く

年が明け、平成二十二年になり、中断していた裁判が三月頃から再開されました。

その頃から「春の大祭」以降、家の中でパッパッと明るいお光を見るようになりました。
又、「春の大祭」でいただいた「昇龍香炉」を持って帰りまして早速お香を五本一度に火をつけました。
すると、主人も私もその煙が「龍」のお姿となって昇っていくのをみさせていただきました。
驚きとうれしさと感謝の気持ちで胸が熱くなり、二人でいつまでも見ていました。
そして思い切って過去のいろいろとみせていただいた夢の事で御神示を受けました。
代行先生様は「一生懸命信心しているから、いい夢を見させていただいたのや。いい夢やからね」とおっしゃってくださいました。
感謝の心で一杯になりました。
その直後、四月末の裁判にて判事より和解勧告が出され大きく裁判が動きました。
主人の主張が大幅に認められた上に、判事より会社側にとって厳しい和解案が出されましたが、現社長の優柔不断さもあって中々応じようとせず和解調停が数回に及びました。
御神示で代行先生様は「判事は会社の理不尽さを良く理解しているから心配ない」とのお言葉をたえずいただき、主人の主張が通ると確信致しました。
又、その時のお祓いで庚申塚龍王神様の所の水晶に「龍」が写っているのを見させていただく様になり、神々様の御守護感謝の気持ちで一杯になりました。

又、四月二十六日の祭主先生様御生誕八十一年記念パーティーの日、着物を着て行こうと友人である美容室の先生に着付けをお願いし、お店の前で写真を撮りました。
後日、写真ができて主人と二人でみますと、私の顔の右横にお光があり代行先生様に御神示を受けました。
そうしますと「験のいい写真や。厄除御守護感謝御礼奉上祈願を入れとこか」とのお言葉がありました。
その時、私は、主人の件、本当に心配がなく良い結果をいただけるのだと思い、ただありがたく感謝の気持ちで一杯でございました。

○和解成立の奇跡がまさに起こりました

主人と私の待ち望んでいました日がやっとやって来ました。
七月二十八日、和解調停に於いて会社側は全面的に当方の主張をのんだ形で和解が成立致しました。
判事より「和解とは言え、誰がみても芝さんの全面勝訴ですよ」というねぎらいの言葉をいただき、
又、当方弁護士より「本当に芝さんの全面勝訴やで。信仰心のある人は違うね。強いね」と何か眼に見えぬ神々様の存在に対して畏敬の念を持たれた様でした。
この結果をいただく少し前に又、二つの夢をみさせていただきました。
一つ目は、ゆめの中で寝ている時に、大きな地震があり、続けてまた二度目の地震が起こりました。
怖くて怖くて、ふっと、私の枕元をみますと、代行先生様が立っておられました。
そして私の顔をみられてニッコリされました。
そして目が覚めたのですが、私は又、守っていただいていると思わず手をあわせ感謝致しました。
それから、三日後、又、夢を見ました。
内容は、お山の「夏の大祭」の日です。
代行先生様は外にでておられて椅子に坐られ、信者さん達と何かを見ておられました。
私は、代行先生様の左横(三人ぐらい横)だったと思いますが、そこに坐っておりました。
すると代行先生様の右手がのびて私の手を握って下さいました。
思わず私は両手で代行先生様のお手をしっかりと握りしめておりました。
その時の代行先生様のお手の温もりは、今でも私の手に残っております。
その二つの夢は、良い結果を予感させるものでした。
予感ではなく現実のものとなりました。

和解成立の結果を主人から聞き、改めて代行先生様、神々様の偉大さを知り、
本当に奇跡は起こるのだと、実感しました。
といいますのは、以前に主人より今回の件で説明を受けた時、圧倒的な力を持つ企業と、無力な個人との争いである以上、主人の名誉回復は大変なことだという思いがありました。

でも、奇跡は起こりました。
というよりは奇跡を起こしていただいたと思っております。

私が主人の事があってから数々の夢や出来事は全て代行先生様、神々様からの一心に信心をし続ければ、よい結果をいただけるよとのメッセージではなかったかと思うからです。

○神様へのご恩返しを誓う私たち

私達人間は、直ぐに結果を求めようとします。
結果を急ぐあまりに悩み、苦しみ、結果的に遠回りするのではないかと思います。
今回私達夫婦は、無心になって三つの心「素直な心」「感謝の心」「慈愛の心」と神示五行の気持ちを持ち続け、代行先生様、神々様にすがれば必ず救っていただける事を学びました。
主人も私も今の気持ちを表現出来る言葉がないくらいに、感謝につぐ感謝なのです。
主人六十二歳、私六十一歳、第二の人生の再出発をさせていただける喜びをかみしめております。
この夏、お山で新しいTシャツを出されていますが、その中の一枚に「忍努」と書かれたTシャツがあります。
この文字の意味の深さをほんの少しですが、理解させていただいた様な気がいたします。

これからは、私達二人で、私達が出来る事で、代行先生様、神々様にお返しをさせていただきたいと思っております。

今、私達は代行先生様、神々様を信じ切り、従ってきました事に誇りを持っております。

先生様、神々様、本当にありがとうございました。